太宰府天満宮の例大祭(神幸式大祭)「日程・歴史(由来)・見どころなど」

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太宰府天満宮の例大祭(神幸式大祭)「日程・歴史(由来)・見どころなど」

神社の例大祭(例祭)と言えば、1年でも最も重く盛大な行事です!

こちらのページでは、学問の神様、菅原道真公を祀る太宰府天満宮の例大祭「神幸式大祭」について、詳しくご紹介します。

太宰府天満宮の例大祭「神幸式大祭」の日程・行事一覧!

太宰府天満宮の「神幸式大祭(じんこうしきたいさい)」は、秋分の日の前々日から始まります。

秋分の日は通常9月23日なので、神幸式大祭は21日から始まることになります。

ただし例外もあり、例えば2016年は、1896年以来、116年ぶりに秋分の日が9月22日となり、神幸式大祭が20日から行われました。

それでは以下に大祭期間中のスケジュールをご紹介します。

秋分の日の前々日

15時:神幸式大祭始祭

秋分の日の前日

19時:出御祭、お下りの儀

菅原道真公の御神霊を御神輿(ごしんよ)と呼ばれる神輿にお移しする儀式の後、20時頃には神輿が御本殿を出発します。

それから神輿は神職や氏子奉仕者など約500人の行列に守られながら、およそ3km離れた「榎社(えのきしゃ)」に向かいます。

※お下がりの儀についての詳細は後述します。

22時頃:浄妙尼社奉幣(じょうみょうにほうへい)の儀、行宮献饌(あんぐうけんせん)祭

行列はおよそ2時間かけて榎社に到着し、まずは榎社に祀られる浄妙尼(じょうみょうに)のお社に挨拶をします。

浄妙尼はこの地で菅原道真公をお世話した尼僧です。

太宰府天満宮の例大祭は、ご祭神が氏子の暮らしをご覧になったり、穀物の出来栄えを確認したりすると同時に、かつてお世話になった人にお礼を言いに行くという意味も込められているんです。

その後、神輿を御旅所にご案内します。

行宮とは天皇が行幸した際に泊まる仮のお宮で、ここでは太宰府天満宮のご祭神・菅原道真公の一夜の宿となる榎社の社殿(御旅所)を指します。

秋分の日

14時:倭舞(やまとまい)奉納

倭神楽(やまとかぐら)とも呼ばれる倭舞は、平安時代末期に京都から来た惣市家(そうのいちけ)の女性によって伝えられて以来、今日まで受け継がれてきた歴史ある舞です。

今でも、惣市家の女性当主が氏子地区から選ばれた4名の「みかんこ」と呼ばれる童女への指導を行っています。

倭舞は場所を移しながら大祭期間中に何度か奉納されます。

少女たちが悠然と舞う姿をお見逃しなく!

15時:お上りの儀

かつてのお住まいだった場所で一夜を過ごされた菅原道真公の御神霊が、行きと同じ道を通って太宰府天満宮へお帰りになります。

17時30分頃:浮殿献饌祭、竹の曲(たけのはやし)・倭舞奉納

太宰府天満宮の境内にある浮殿は、神輿の行宮となっており、ご祭神が御本殿にお帰りになる前に立ち寄ることになっています。

こちらでもお供え物を献上する献饌祭や、舞踊の奉納が行われます。

竹の曲」は室町時代頃から伝わるとされる田楽と能が合わさったような舞踊で、福岡県の無形民俗文化財に指定されています。

演奏するのは、太宰府天満宮の門前で商売を営んでいた「六座」と呼ばれる人たちです。

六座は米屋、鋳物屋、鍛冶屋、小間物屋、魚屋、染物屋の六家の代表で、現在でも、それぞれの子孫が商い繁盛の願いを込めて、竹の曲の奉納を務めています。

笛や謡(うたい)の素朴な音色に合わせて、小学校高学年くらいの男の子が舞を披露します。

18時30分頃:還御(かんぎょ)の儀、本殿還御祭

暗い境内の中、笛や鐘の音と共に神輿が本殿に到着します。

その後は厳かな雰囲気の中で、祝詞が上げられ、儀式が執り行われます。

9月24日

19時:古式献饌祭(こしきけんせんさい)、神楽奉納

古式献饌祭は、1902年(明治三十五年)の太宰府天満宮菅公御神忌千年祭の際に、江戸時代の文献を基に復元された神事です。

この時は記念行事として一度行われただけでしたが、2002年(平成十四年)の太宰府天満宮御神忌千百年大祭で復活し、翌年からは毎年開催されるようになりました。

献饌とは神さまの食べ物になる「神饌」を献上することで、この儀式ではその名の通り、特別に用意された古式の神饌を、神前にお供えします。

この神饌はつぶした米を輪の形に固めたもので、他ではなかなかお目にかかれない、珍しいものです。

4人の巫女によって奉納される、「浦安の舞」「悠久の舞」などの神楽も披露され、一般の参拝者も鑑賞することができます。


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9月25日

11時:例祭
20時:千灯明(せんとうみょう)、水上神楽・倭舞奉納

菅原道真公の御神霊を慰めるため、心字池のほとりや橋に用意された1000本のろうそくに火が灯され、水上に設けられた舞台では神楽が奉納されます。

水面に映り込むろうそくの光や、暗闇に浮かび上がる巫女や童女の舞は、美しく幻想的な、大祭期間の締めくくりにふさわしい光景です。

雨天の場合順延となるので、心配な場合はホームページで確認したり、問い合わせたりすると良いでしょう。

太宰府天満宮の例大祭「神幸式大祭」の歴史・由来

太宰府天満宮の例大祭「神幸式大祭」は、1101年(康和三年)に、大宰権帥(だざいごんのそち)大江匡房(おおえのまさふさ)によって始められたとされています。

大宰権帥とは大宰府の長官代理職で、菅原道真公も就いていた役職です。

さて神幸式大祭は、ご祭神・菅原道真公の時代を偲び、御神霊(おみたま)を慰めると共に、皇室と国家の平和と安泰や、五穀豊穣を感謝する祭りです。

5日間に渡って執り行われる古式ゆかしい神幸式大祭は、太宰府天満宮の1年の中で、最も重要なお祭りであり、福岡県の無形民俗文化財に指定されています。

神幸式大祭の別名は「どんかん祭り」!?

お下りの儀やお上りの儀の際に、太鼓を鐘を「ドン・カン・ドン・カン」と交互に鳴らすことから、太宰府天満宮の神幸式大祭は「どんかん祭り」、行列が通る道は「どんかん道」と呼ばれています。

名前からは賑やかな様子が想像されますが、音と言えば太鼓と鐘、笛の演奏や、馬のひづめの音、必要なときにかかる掛け声程度で、行列自体は静かに進行します。

太宰府天満宮の例大祭「神幸式大祭」の見どころは!?

見どころは何と言っても「お下がりの儀」と「お上りの儀」の行列です。

様々な平安装束や持ち物はもちろん、お神輿にもぜひ注目してみてください。

たくさんの金属装飾や鈴がついたきらびやかなお神輿ですが、音が鳴ってしまうとご祭神を煩わせることになるということで、一切音がしないように訓練した担ぎ手が慎重に担ぎます。

ただし、神輿は途中で台車に乗せられるので、担ぐ場面が見たいあなたは、御本殿や榎社を出発するところ、または到着する直前を見に行ってみてくださいね。

また行列最後尾の神牛も要チェックです。

長い道中なので、牛さんが途中で動かなくなってしまうことも・・それも含めて、太宰府天満宮の例大祭らしい一場面と言えるでしょう。

 

菅原道真公と牛とのつながりについて詳しくは、当サイトの以下のページ↓でチェックしてくださいね!

太宰府天満宮「御神牛像」

「お下がりの儀」と「お上りの儀」

菅原道真公の御神霊を乗せた神輿は、太宰府天満宮を出て榎社へ下っていきます。

西鉄二日市駅近くの榎社がある場所は太宰府天満宮の飛び地で、菅原道真公が大宰府に赴任してから亡くなるまでお住まいだった南館(みなみやかた)があったとされている所です。

榎社へ向かう途中には、奈良時代に創建された古刹、観世音寺があります。

菅原道真公がこの観世音寺を詩に詠んでいることもあり、観世音寺の近くを行列が通る際には、道真公に敬意を表して、国宝の梵鐘が鳴らされます。

また御本殿の南方向にある天拝山(てんぱいざん)では、山麓の住民の方々によってお下りの目印となる迎え火が焚かれます。

翌日の「お上がりの儀」では、再び、平安装束に身を包んだ500名の美しい行列が、神輿を守護しながら進みます。

太宰府天満宮が近くなると幼稚園生たちのかわいらしい「稚児行列」も加わります。

本殿に到着する前には、浮殿での神事も行われます。

おわりに・・

いかがでしたか?

神幸式大祭の期間中には、出店が出たり、本殿前で神楽太鼓の奉納があったりと、いつもとは違った雰囲気の太宰府天満宮を楽しめます。

ぜひ出かけてみてくださいね!

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